仏教の世界観(宇宙観)

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仏教の世界観(宇宙観)

仏事あ.ら.かると

2017/07/24 仏教の世界観(宇宙観)

仏教の説く「世界観(宇宙観)」は大きく二つの世界に分けて考えている。

 

すなわち、“輪廻する世界”と“輪廻しない世界”の二元的な構造としてとらえている。その二つの世界を対比させて、私たちはよく、

  • ・「迷いの世界と、悟りの世界」
  • ・「此岸と彼岸」
  • ・「煩悩の世界と涅槃の世界」

などと呼びあらわすのである。

この二つの世界の違いを理解するには、“輪廻”という言葉の意味を考えてみる必要がある。

輪廻する世界

この“輪廻”という言葉は仏教思想の根本をなすものの一つである。辞典で引いてみると「生き変わり、死に変わりすること。車輪が回転してきわまりがないように、霊魂が転々と他の生を受けて迷いの世界をめぐること」と解説されている。

 

仏教では、この転々と他の生を受ける世界、つまり“輪廻”の世界を、六つの世界に分類できると考えている。

 

皆さんご存知の「六道輪廻の世界」である。(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)

 

したがって、私たちが「輪廻する」ということは、この六つの世界を生まれ変わり、死に変わりして永遠に転生をつづけることを意味している。一つの世界でその生を終えた生き物は、来世には六つの世界のいすれかに生まれ変わるということである。

 

つまり、私たちは再び人間に生まれ変わることもあれば、他の天、修羅、畜生、餓鬼、地獄のいすれかに生まれ変わることもあるわけだ。一方、地獄の生き物も、地獄を含めた他の六道のいすれかに転生することになる。

 

そのいずれかに生まれ変わるかは、その生き物が生きている間に、どのような所業をなしたかによって決定される。悪事をなした者は地獄に堕ちるし、善をなした者は天に生まれ変わることができる。仏教ではこの考え方を「因果応報」という。

 

この「因果応報」により、六つの世界を転生する「六道輪廻の世界」が、すなわち、仏教の説く二元的世界の一つなのである。

 

私たち凡夫は、地獄に堕ちたり、天に生まれ変わったり、あるいは牛や馬になったり、さまざまに姿かたちを変えてこの「六道輪廻の世界」を生きている。

 

ところが、一生懸命修行に励み、善行を積むことによって、せっかく天に生まれ変わることができても、私たちが「六道輪廻の世界」の住人であるかぎり、寿命が尽きたのちには、“因果応報”により、再び地獄に堕ちることもありえるのだ。

 

このことからわかるように、“輪廻する世界”は永遠に“迷いと煩悩の世界”なのである。地獄の業火に焼かれて苦しむ罪人であろうが、天界の人となり快楽をきわめようが、ともに、“迷いと煩悩の世界”の住人であることに変わりはない。これが、“輪廻の世界”に住む者の宿命なのである。

輪廻しない世界

一方、“輪廻しない世界”は、これとは正反対の世界である。そこにはこの世の一切の“迷い”や“煩悩”から解放された“悟りの世界”、“仏陀の世界”であり、私たちが“極楽浄土”と呼ぶ理想の世界のことである。

 

そして、「六道輪廻の世界」から脱出して、もはや二度と輪廻することのない世界、つまり“極楽浄土”に到達することを解脱という。

 

つまり、仏教の二元的世界は、“輪廻の世界”から“輪廻しない世界”への移動が可能なのである。しかもこの二つの世界は片道通行の関係にある。

 

そもそも、仏教の教えとは、つまるところ、この“輪廻の世界”からの解脱にある。どうすれば悟りを開いて「仏陀」になり、輪廻しない世界の“極楽浄土”に到達できるか、それをお釈迦様は私たちに教えてくれているである。

 

以上のように、仏教の説く「世界観(宇宙観)」では、その世界像を“輪廻する世界”と“輪廻しない世界”の二元的構造としてとらえていることがわかる。そしてその前者の世界は転生を繰り返す“迷いと煩悩の世界”であり、後者の世界は永遠不滅の悟りの世界、すなわち“極楽浄土”であるということ、また両者の関係は前者から後者への一方通行的な移動が可能であり、それを解脱ということ。

 

しかし、現在の私たちの日本宗教のなかには、いろいろな考えが取り込まれ、死後の世界ということになれば、仏教の教理とは無関係な民間信仰の考え方も取り込んできている。

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