衣と袈裟のお話

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衣と袈裟のお話

仏事あ.ら.かると

2018/11/27 衣と袈裟のお話

七条袈裟

前五条

衣(ころも)と袈裟(けさ)を混同されている方もいるかもしれませんね。

衣とは僧侶が着ている服で、袈裟とは衣の上に肩から脇に斜めに掛けたり、首から掛けているものです。

それらの起源は、お釈迦さまの時代から定められていた三衣(さんね)(さんえ)という衣です。

三衣とは大中小の三枚の衣で、大は王宮に招かれたり、托鉢に出たるするときに着る大衣(だいえ)です。

中は礼拝や読経のときに着る上衣(じょうえ)という衣です。

小は日常の作務や就寝のときに着る肌着の三種類の衣です。

この三衣は糞のように捨てられている布を洗って作ることから、糞掃衣(ふんぞうえ)とも呼ばれていました。

焼け焦げた布や、擦り切れて捨てられた布、死体を包んでいた布などの使い物にならないものを丹念に洗って継ぎ合わせ、一枚の衣を作ったといいます。

 

衣の色についても規定がありました。

赤や黄、青、白、黒などの原色は許されませんでした。

実際には、糞掃衣はいろいろな布の端切れを継ぎ合わせるので、原色になることはありません。

いろんな色を混ぜ合わすことによって原色を破壊したということで、糞掃衣の色を壊色(えじき)と呼び、これが出家の色と定められました。

逆の赤や青の原色は正色(しょうじき)といわれ、俗人の色とされました。

この壊色を梵語でカーシャーヤといい、その音を漢字にあてて「袈裟」と呼ばれるようになりました。

つまり、袈裟の語源はその色に由来したということです。

 

しかし、時代と共に、捨てられた布をつなぎ合わせることはしなくなりました。

それでも、一枚の大きな布を使うことなく、細長く裁断した布を縫い合わせて袈裟は作られました。

色も、草木染めなどで地味な色合いに染め上げ、華美な原色は避けられました。

インド生まれの三衣は暑さには適していたので、亜熱帯のタイ、スリランカ、ミャンマーなどの上座部仏教の国では、今でも三衣を着用しています。

黄色っぽい衣がそれで、袈裟の原型となります。

 

中国や日本では三衣だけでは、冬の寒さを防ぐことができないことなどから、三衣の下に別に衣を着るようになりました。

そして、次第に三衣は神聖視されていき、僧侶のシンボルとなりました。

後には、刺しゅうなどを施した豪華なものが作られるようになり、質素を旨とする袈裟の原型からは遠ざかってしまいました。

しかし、何枚かの細い布を縫い合わせる製法は引き継がれました。

七条袈裟(しちじょうげさ)や前五条(まえごじょう)などと呼ばれる数字は、縫い合わせた布の条数(本数)になります。

七条は七枚の布を、五条は五枚の布を縫い合わせた袈裟ということです。

 

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